大判例

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福井地方裁判所 昭和23年(ヨ)151号 判決

申請人 小沢静

被申請人 谷口栄

一、主  文

本件仮処分申請はこれを却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

二、事  実

申請代理人は、被申請人が福井市新保町三十一号十番地に建築した機織工場に対し、震動防止の処置として右番地と同市同町同号九番地との境界に、長さ十七間、地下深さ三尺、地上高さ一丈二尺の鉄筋コンクリート塀を設備するのでなければ、被申請人は右工場の操業をしてはならない旨の仮処分の裁判を求め、その申請の理由として、申請人は福井市新保町三十一号九番地に住居しているものであるが、被申請人は約十五年前から機織業を営み、申請人の右住居地に隣接する同市同町同号十番地に機織工場を建てゝ操業していたので、申請人の住居は常に音響と震動とを受け、これが爲に申請人は病気の際は勿論常時に於ても安息を妨げられ多大の迷惑を蒙つていたところ、昭和二十三年六月二十八日、福井地方の地震の爲に右工場は倒壊してしまつた。しかるに被申請人は、再び同一場所に機織工場を建築し、操業を開始しようと準備中である。被申請人がその所有地に機織工場を建築して操業することは、法令又は慣習により禁止、制限されない限り、被申請人の権利行使として適法であるが、右の権利行使も社会観念上適当な範囲に於てのみ許されるのであつて、権利の行使である以上、他人に如何なる損害を及ぼしても何等の責に任じないと謂うものでなく、又権利行使の結果、損害を受けた者必ずしも常にこれを甘受しなければならないものではない。即ち被申請人がその権利行使の範囲を逸脱して、機織工場操業に因り、音響震動を申請人の住居に傅播させ、申請人の支配権・身体権・財産権に危險を及ぼすときは、明に被申請人の権利の濫用であるから、被申請人は権利行使に関し適当な処置を構ずべき義務があるので、申請人は被申請人に対し、震動防止の設備を爲すべき旨を求める訴訟を提起しようと準備中であるが、被申請人が右機織工場を操業するにおいては、音響震動防止の処置を構じなければ申請人は從前と同様その支配権・身体権・財産権に危害を及ぼし、回復できない損害を蒙るおそれがあるから、右機織工場の操業を禁止する旨の仮処分を求める爲、本件仮処分申請に及んだと陳述した。<立証省略>

被申請代理人は、本件仮処分申請を却下する、訴訟費用は申請人の負担とする旨の裁判を求め、答弁として被申請人が申請人主張の場所に機織工場を建てて從來機織業を営んでいたこと、右工場は申請人主張の日時地震により倒壊したことはいづれも認めるが、申請人主張のごとき震動の点は不知、倒壊後被申請人は右同一場所に機織工場を再建したが、震動の点は倒壊以前と同じ状態にある。仮に申請人主張の如く震動を及ぼす事実があつても、被申請人は社会生活上正当に機織工場を営むものであつて、その目的に於て申請人に損害を及ぼすことを企図していないし、又その手段に於て公序良俗に反するものでないから、何等権利の濫用となるものでないから本件仮処分申請はその理由がないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

被申請人が福井市新保町三十一号十番地に機織工場を建て機織業を営んでいたこと、右工場が昭和二十三年六月二十八日、福井地方の震災により倒壊したこと及び被申請人は右同一場所に機織工場を再建したことはいづれも当事者間に爭がない。而して当事者間に爭ない右事実並に檢証の結果によれば、被申請人所有の機織工場から申請人所有の宅地同市同町同号九番地との境界までは約一米二十五糎、右境界から申請人所有の地震に因る倒壊家屋の土台までは約三米六十五糎の距離があること、申請人は右の倒壊家屋をそのまゝに放置し、その北方に間口二間半、奥行四間の二階建本屋並に一間四方の玄関を有する建物を建て、右建物内に住居していること、右建物より前記境界線までは約十七米四十糎の距離があること、被申請人の機織工場には廣幅織機八台、細幅織機八台を設置し、運轉中のものは廣幅織機四台、細幅織機七台であること、並に右工場内の織機の操業により震動音響が申請人の右宅地内に傅播することが認められる。申請人は、被申請人の工場から音響震動が申請人の住居に傅播するのは工場操業の結果生ずるもので固より被申請人の権利行使に基くけれども其権利行使たるや正当な範囲を逸脱して申請人の支配権・身体権・財産権に危害を及ぼすものであるから権利の濫用であると主張するから案ずるに、凡そ権利行使に就いては民法第一條に私権は公共の福祉に遵ふ権利の行使及義務の履行は信義に從い誠実に之を爲すことを要する、権利の濫用は許さないと規定し、権利の根本理念を宣明している。從て所有権の行使に当つても法令の制限に服するは勿論公共の福祉に適合し其権利が認められた本來の目的の範囲的に於て行使されなければならないことは謂う迄もない。若し外形的には所有権の行使であつてもそれが公共の福祉に反し其本來の目的を逸脱し社会の倫理観念に反する不当な結果となるときは、権利の正当行使ではなく権利の濫用となり許されないのである。而して吾人は都市村落に於て近隣居住者が互に境を接して共同生活を営んでいるのであるから、其相互間の権利の調整は不動産所有者間の相隣関係に関する民法の規定に依る外、右に規定する以外の関係に就いても右相隣関係に関する民法の規定の立法精神並社会協同生活の理想に照し相互に或る程度の所有権行使の制限に服し或は所有権侵害の忍容をしなければならない場合がある。本件に於て問題となつている音響震動其他臭気煤煙の傅播も、社会協同生活上普通とされる程度であれば相手方は之を忍容しなければならない。只其程度如何は其時代の社会倫理観に照し吾人の健全な常識に依て判断せらるべきであることは当然である。從て音響震動等の傅播が社会協同生活上普通とされる程度以上のもので近隣居住者の生活が堪え難い域に達すれば其権利行使は権利の濫用となり、相手方は所有権其他の権利に基き該妨害の除去又は之が予防を請求することが出來るし損害賠償の請求も出來るのである。而して近代都市に於ては社会衛生、保健、災害、予防等の目的から工場地帶と住宅地帶とを区別し住宅地帶には工場の建設を許さない行政措置がとられている。福井市に於ても工場地帶と住宅地帶とが区別されているけれども之が励行されず、市内到る処に機業工場が存在し其織機操業に依る音響震動は附近住民の生活に相当の障害となり、殊に人家稠密の地域に於ける直近隣家の住民にとりては堪え難い程度に迄達していることは顕著な事実である。かゝる状況の下に於ては企業経営者は近隣住民の生活上の妨害を可及的軽減するよう何等かの措置を構ずべきことは現下の社会倫理観と協同生活の理想とに照し当然要請せられるところである。若し其措置を構じないときは権利行使の正当な範囲を逸脱する権利の濫用であつて、之に対し近隣居住者は妨害者に対し不法行爲上の損害賠償又は所有権等に基き之が妨害の除去或は予防の請求が出來ることは前記説明の通りである。

然しながら本件に於ては、申請人の震災前の旧住宅は被申請人の工場から僅かに三米余しか離れていなかつたから被申請人の工場から発する音響震動は相当喧しいものであつたことは推察に難くないが、現在の住宅は被申請人の工場から十七米余も離れて居り右工場から発する音響震動は申請人方へも傳播し或程度生活上の障碍となることは認められるけれども、未だ申請人の生活居住に堪え難い程度に迄達しているものとは認められないことは当裁判所の檢証の結果に依り明かである。仍て將來は兎に角現在の状態に於ける音響震動は社会協同生活上普通とされる程度を出ていないと認めるのが相当であつて、之を権利の濫用と云うことは出來ないから、申請人は被申請人に対し音響震動の除去又は之が予防を請求することは出來ないと謂はなければならない。然らば爾余の点の判断を爲す迄もなく本件仮処分の申請は其理由がないから之を却下すべく訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石谷三郎)

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